chikusai diary

昭和という時代に どこででも見ることができた風景を投稿しています。

銀閣寺の庭をオールドレンズで撮ってみた



銀沙灘越に観音殿を望む


この銀沙灘の白川砂、いったいどこから運んだのでしょう。白川砂は比叡山一帯で産出される白い砂のこと。主に雨水に混じり白川に流れ込んでいて、昔は白川上流には川沿いにいくつも採取業者があって、建物やベルトコンベアの残骸のようなものが放置されていました。いまでもその形跡があるかもしれません(現在白川砂の採取は法律で禁止されています)。



銀沙灘


TV番組「ブラタモリ」では錦鏡池に流れ込んだ白川砂と説明していましたが、さてどうでしょうか。これほど大量の白川砂は白川でなければ採取できない気がします。境内の山の斜面、池、水の流れそうな場所を観察しましたが白川砂はほとんど確認できませんでした。




銀閣寺の西側を流れる白川ですが、コンクリートの三面張りで情緒もなにもありません。昔は大雨が降れば暴れ川だったのでしょう、たくさんこの辺りまで白川砂が堆積していたはずです。今でもこの付近の川床には白い砂が少しは確認できます。
 





で、白川砂の調査の話に戻ります。ある年に大型台風の通り過ぎた後、白川上流に砂が流れ込む支流に仕事で立入ったところ、いつもならそこそこの砂が堆積している場所が、とんでもない量の砂で溢れかえっていて、なにかの建物が出水で流されていました。膨大な量の砂山を茫然と眺め「これを売ったならナンボになるかな」などと不謹慎なことを考えていました。













それはさておき、白川砂の話であります。「ブラタモリ」でも言っていましたが、この砂は花崗岩の風化したものだそうです。9800年前、この付近(比叡山から如意ヶ嶽間)には火山活動で地下の「花崗岩が上昇(貫入という)して熱変成作用をあたえ、境界にホルソフェルスという熱変成岩を生じた。比叡山大文字山(如意ヶ嶽)はこの風化しにくい変成岩により山頂として残ったもの」なんだと。難しくてなんだかよく分からないですね。



銀閣寺全景


言えることは、長い年月の間に比叡山大文字山の間にあった花崗岩が雨風、氷結によって風化し、大雨で白川に流れ込み堆積した、ということでしょうか。その砂は白く輝き、きれいだから庭園などで利用されたということ。今でも白川と琵琶湖疎水の合流点では大量の白川砂が堆積し、年に一度浚渫しているようです。その砂はどこへ行くんだか?
白川砂が無かったなら、特異な意匠の銀沙灘や龍安寺の石庭も見ることができなかった、ということのようです。




インクライン下の船溜まり


琵琶湖疎水に堆積した白川砂を浚渫(写真左手の擁壁の奥に白川があり、そこから疎水に流れ込む)




撮影時期:1990年頃モノクローム
Nikon New FM2
NIKKOR-S Auto 3.5cm F2.8 
T-MAX 400(専用現像液で自家現像)