昭和が残る町・谷中とは
東京の町は台地と低地が組み合わさってできている。その二つをつなぐのが坂である。
谷中は上野の山から田端、駒込と続く細長い台地、いわゆる上野台の上から西側の崖下にかけての町である。
さあ まずは根津を起点に南から北の方角、日暮里駅の方へ向って歩いて行こう。
猫の町・谷根千だけに日傘まで猫のイラストが…。
めずらしい愛玉子
人気店カヤバ珈琲を通り過ぎると愛玉子という店があった。
今までは何気なく…気にもせずに通りすぎていた。
寛永寺に銀杏をひろいに行くときなど、下谷署谷中出張所の隣に、「愛玉子」(オーギョーチ)という古びた大きな看板の店が気になっていた。
あるとき新聞に、愛玉子とは台湾原産の木の実からつくったゼリーのような冷菓で、この店も原材料難から長らく途絶えていたが、最近ようやく復活した、という記事が出ていた。これを読んでさっそく食べにいった…
わたしくも一度食べてみたいと店の前に立ったが、その店構えに恐れをなして撤退してしまった。怖いもの知らずの方はどうぞ挑戦してみたらよろし…。
ちなみに「愛玉子」の店名は音楽家の藤山一郎氏がつけたそうである。この店には、芸大が近いこともあってか、音楽家、美術家がたむろしていたと、むかし読んだ本にサトウハチロー氏が書いていた(先代の時代。今は後継者の方が店を引き継いでいるみたい)。
煎餅やさんを数軒見かけた。
谷中霊園には数多の著名人の墓がある。徳川慶喜公をはじめ渋沢栄一氏の墓などがある。春にはお二方の墓参りをした。
谷中五重塔と露伴
幸田露伴は自宅から朝な夕なに谷中五重塔をながめ、新聞連載の原稿を郵便箱に入れに行く道すがら、小説『五重塔』のインスピレーションが沸いたみたい。
谷中五重塔は、彩色していないので「さっぱりして、どっしりとした、素朴ないい塔だった」という(森さんの取材)。
幸田文さんの講演での五重塔炎上の話では、「塔がみもだえしながら燃え上がるさまは、不謹慎ないい方ですが、この世のものとは思われぬ美しさでした」と語っていたと森さんは伝えている。
谷中に住んでいた露伴の家は大きな家だったようだ。
上の写真、左端の屋根の上に裸婦像がある。そこが朝倉彫塑館(正門は初音通り側)
である。
一部工事中だったが開館はしていた。工事を終えてから入館するとしよう。
「夕焼けだんだん」は、まゆみが石段に座った思いから?
…… 反抗期で口答えの多い長女だった私は、父に刃向って泣き、叱られては泣いて、家を飛び出すことが何度もあった。
そして、早く家に戻りたいような、このままどこかへ消えてしまいたいような思いを抱いて、夕暮れの石段(これがかの夕焼けだんだん? ー 世之介注)に座っていたり、タオルも持たずに銭湯に飛び込んだりした。
そんなある日、私は「朝倉さん」を見つけた。
経王寺の前の石屋の角を曲って四、五軒目に、入口を木立にかこまれ、うす緑の石塀とコントラストをなす真っ黒な、一見異様な建物があった。
前を通るたびに、何だろうとは思っていたのだが、たまたま茶色の低い扉が誘うように開かれていて、私はついふらふらと、その砂利の敷いてある入口を入っていった。
・・・・・・
そしていく度か通ううちに、この彫塑館で受付などのアルバイトをすることになった。大学一年生の春である。
谷中石段の愛称が公募されたとき、森まゆみは「夕焼けだんだん」と書いて箱に入れた。それが愛称に選ばれ「夕焼けだんだん」となったのだという。
朝倉彫塑館の南(七面坂を下りて左に折れる)には岡倉天心旧居跡が公園になっている所に出る。正面の御堂には天心の弟子・平櫛田中作の天心像がある。
森まゆみは女荷風か?
ざっと『谷中スケッチブック』をさらってみた。本文のわずかな部分しか紹介できなかったのは残念であるが、またいずれ紹介を兼ねフォトスケッチする機会があるかもしれない。
で…森さんがこの本の調査をしだしたのは、二十代後半(現在は七十代前半か)のことのようだ。子どもさんを背中に負ぶって取材にかけまわる姿が目に浮かぶようだ。
「谷中の町を記録にとどめたい、と思ったのは中学生のころから」というのだから年季がはいっている。
その下調べの細かさ、熱心さには頭がさがる、というか…読む者の頭が混乱してくるほどあっちへ飛び、こっちへ迂回し、いまどこを歩いているのか一々地図を手にする必要があるほどだった。
この本を読んで、森さん手製の地図をながめていると、荷風なみに日和下駄と蝙蝠傘の代わりにサンダル履きに買い物かご、そして子どもさんを背負い( 墨東のちまたを歩く荷風山人のように)、谷中を縦横に取材に歩く森さんの姿がオーバーラップしたのはわたくし一人だろうか。
森さんの谷中に対する愛は十分に伝わってきた。願わくば(今後の氏の著作の希望として)、森さんの資質は特定の人物の一生(伝記)を掘り下げて書くことに向いているのではないだろうか。森さんの探求心からして…そんな気がするのだった(よけいなお世話ですが)。
たとえば、黒岩比佐子『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』のような。…朝倉文夫氏の伝記など、いんじゃないのかなァ。
あっ… 森さんの『明治東京畸人伝』はすでに読んでますので…。

題名は『谷中スケッチブック』副題は、心やさしい都市空間。