昭和も最後の年に、いわれを知らぬその建物に興味を持ち、
撮影を試みたが満足できる写真は撮れなかった。廃墟のよう
な部分の写真だけが手元に残っている。
明治の頃、村井兄弟商会のタバコを買うと景品として幸田露
伴の小説が付いてきたとか。露伴翁本人が言っているのだか
ら間違いないだろう(景品の評判はどうだったか覚えていな
いが、長続きしなかったようだ)。
※その後露伴翁のことを調べていたところ、景品の小説の名
は『新羽衣物語』ということが判明した。露伴翁の弟子であ
る田村松魚がそのことを書いている。続作に『三保物語』を
田村と合作で出版したようだ。
ところで村井兄弟商会の煙草工場はすでに無い。村井吉兵衛
氏は銀行業、製糸行などにも手を広げたが、不景気に遭遇し
破産したという。工場跡地は洛東園という名の介護施設にな
り、玄関脇には村井兄弟商会跡の石碑が立っている。
ちなみに円山公園の一画に建つ長楽館は、村井氏の別邸で迎
賓館として利用されていたようだ。
…おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし
たけき者もついにはほろびぬ
ひとへに風の前の塵に同じ
ちかごろの世相を思うと『平家物語』の冒頭が思い起される。