chikusai diary

昭和という時代に どこででも見ることができた風景を投稿しています。

伯耆大山のブナ林を彷徨う



夏道登山道を登り六合目の避難小屋で休憩をする。ここから上の方にはブナ林はありそうもないので早々と下山を始める。
途中、ブナ林の中に入り込み撮影を開始する。時折林内に日が差し込んで下界が垣間見える。ところが これと言って絵になりそうなブナが見当たらない。急斜面を横切る足元が心もとない 。数枚だけ撮影し、遅めの昼食の弁当を立ちながら食べる。

不覚にも弁当はタオルで保温していたとはいえ、白飯が凍っていて口の中でじゃりつく感じがするのには閉口した。が、口を閉ざしていては腹が満たされないのでゆっくりと口の中で凍った白飯を溶かすように食べた。これは失敗、失敗。山での食事はいつも餅入り味噌汁かインスタントラーメン、それにビーフジャーキーかカロリーメイトなどで簡単に済ますのだが、今回は弁当で済まそうと考えたのは浅はかな考えだった。


 

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時折ブナ林に日が射す

 

 

 

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これといった大木は見当たらなかった

 

 

 

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傾斜がきつい

 

 

 

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下山してからは、次の目的地桝水高原にバスで向う。桝水高原は以前に社員旅行で来ていて思い出の場所でもある。早めに国民宿舎に入り、冷えた体を風呂で暖めた。

明日は旧作州街道を歩いて一ノ沢、二ノ沢、三ノ沢あたりまで歩いて行ってみようと予定をたてていた。

国民宿舎には宿泊者はわたし一人。夕食も食堂にはわたし一人と寂しい雰囲気だった。酒を熱燗で頼んだら、サービスなのか徳利を二本運んできた。そしてわたし以外だれもいない食堂(食堂の関係者さえ消えてしまった)。

雪の無い冬はこんなものか、と手酌でろくに飲めない酒を空ける。おかげで飲みすぎて夜中に売店に降り、自動販売機から飲料水をいく度も買うはめになる(館内にはひと気もなく、保守の灯りだけ)。ひょっとしたら、館内にはわたし一人しかいないのでは、と大いに不安になる。

 

 

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旧作州街道沿いの雑木林



翌日(三日目)は大して雪の無い桝水高原スキー場を登り、旧作州街道を歩いて三ノ沢まで行って南壁を望んでみたいと思っていたのだけれど、雪がばさばさと降ってきた。これでは撮影どころではないのでは、と思いながらも一ノ沢まで行ってみる。

民家のある辺りまで行ってみたけれど、どうにも撮影意欲が湧いてこない。山を見上げても見えるのは乳白色にかすんだ樹木ばかり。ニ三枚撮影して、もと来た道を、キツネかタヌキかわからんけど、その足跡を頼りに大山スキー場までとぼとぼと歩く。収穫のない日だった。山中での三日間、だれとも出会わないのは これが最初で最後かも。

帰りは米子駅から大阪行きのバスに乗り伯耆大山とお別れである。雪は小止みになり、時折日射しがさしては雪が地上に舞い降りるさまがバスの窓から見えた。黒々とした雲の中から流れ落ちる滝のようで、スポットライトが当たってきれいだ。これは伯耆大山からの慰労(ご褒美)と思ってよいのだろうか? (もっと早く頂戴よ)

※使用カメラ:NEW MAMIYA6  撮影年:1989年頃 

 

 

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