森の中へ
初夏の光を浴びて緑に輝く若葉は、「わが世の春」を迎えた歓びでいっぱいのよ
うに見える。
この季節、森の中に分け入り地面に積る枯葉を踏みしめて歩くと 小さな花たち
が光を浴びようと顔をもたげている姿が目に入る。まだ消えていない露に濡れた
花弁や緑濃い葉が愛しく感じる。
梅雨時のとある一日、好んで森の中に入る。小川の際に生えているシダや名も知
らぬ草花が雨に濡れて光っている。まるで生き物のようだ。
夏、ひとり川を遡行し小さな空き地を見つけテントを張る。きっと数km四方に
は誰もいないであろう。ふと寂しい思いに囚われるがそれは望んだことでもある。
夜になれば蛍の放つ明かりが三つ四つ。この時期、こんなところに蛍が出るのだ、
と不思議な気分になる(テント越しにゆらゆらと浮遊する光を見た時には火の玉
かと思ったものだ)。早々と狭いテントの中で横になるがなかなか眠れない。
テントの周りでカサコソと物音がするので目が覚める。キツネか狸でも徘徊して
いるのだろう。
ろくに眠れぬ夜を送り、早い朝を迎える。テントから首を出すと、あたりは朝靄
に満ちていた。予期していなかったので、慌ててカメラを持ちだし、朝靄が消え
ぬうちにと気が急いた覚えがある。しばらく経つと朝靄は森の彼方に消えていっ
た。