「日本百名山」を著した深田久弥氏は、幾度か大杉谷を踏査し、世に
紹介している。
わたしが一度目か二度目の大杉谷を踏査した頃、大杉の集落でバスを
待つ間に近くの旅館で遅めの昼食を摂ったことがある。その旅館の女
将さんと思しきご婦人に大杉谷の話を伺った。深田久弥氏の話が出て、
私が「深田さんはこの集落の旅館に泊まっていたようだ」、と話を切
り出し、その頃旅館には若い娘さんがいたそうだが、今どうしている
のでしょうね、と話したら、「それは私です」と言う。不思議な縁で
あった。すでに女将さんは、年の頃六十代か七十代初めのようにお見
受けした。バスを待つ間、楽しいひと時を過ごすことが出来た。懐か
しい思い出である。今から三十年以上前の話である。